macross個人的創作話「スウィート・バレンタイン」【下】

【上】のつづきです。お読みになる方はどうぞ~ ↓



「スウィート・バレンタイン」【下】







時間は経ったがあれからぴくりとも動かない。

時折うろうろ歩いては、座り、また立ち上がる。

「・・・焦らないの?」
早瀬さんはその辺と同化したように、座り込んだままだったから。
「こんな状態じゃ仕方ないもの」
「え、だって、」

今日はバレンタインだろ。
カイフンさんにチョコレートをやりにいくんだろう。

声に出そうなのを呑みこんだ。

―オレは早瀬さんとは違うんだ。
今日は会いたいと言ってくれる人がいるんだ。

体の奥底から叫びたいような感じがする。
大尉のせいでもないのに、悪い言葉が湧き出す。

「・・・この間は自動販売機に八つ当たりしてたけど、モノに当たるようになったのはずい分・・・」
予防線を張ったようなその言い方に抑えてたものが決壊した。
「いつも上から目線で分かったようなこと言ってさ・・・!」
「待って・・・!」
早瀬さんは口に指を当てた。

真剣な表情に思わず黙ると、うっすらとアナウンスが聞こえてきた。

『一部のエリアにシステム障害判明・・・』
『復旧は未定・・・・』

一部のエリアとはまさしくこの場所だ。

「・・・きっと、近いうち復旧するわよ・・・」

オレはズルズルと壁にもたれながら、地べたに着く。

「はっ・・・・」

――もはや黙って座るだけだった。

床の上に座っていると、尻がだんだん冷たくなってきた。
この静寂が面倒に感じる。
自分と向き合ってるしかないと、さっきの高ぶりはムダな遠吠えみたいだった。

「・・・イラついて、悪かった」
「いいえ、私もつい・・・」
早瀬大尉は目線は上げず言った。

「話変わるけど・・・さっきの話」
「さっき?」
「うん。軍を続けるかわからないって――早瀬さんもそんなこと考えることあるんだなって」

辞めるなんて姿はとても想像できなかったから。

「くすっ、私のことなんてなにも知らないくせに」
「いや、だって・・・」
「ええ、いままで何度か考えたわ・・・真剣に考えたことは一度、いえ、二度かな」
大尉の横顔の長いまつげが伏せられた。
「一条くんにならお知えてもいいかな、その理由」
「・・・オレなんかに、話していいの?」
「ええ、一条くんとはなんども危険をかいくぐってきた同志だから」
大尉はフッと笑った。

興味なくもないが、本音を知るのは、なんだか気が重い。

「それはまたのお楽しみってことにするよ」
「別に、たいした理由ではないの」
「でもお宅とはずい分悪縁、ありそうだから」

すると、突然大尉がくすくすと笑いだした。

「・・・・なにがおかしいの?」
「うふっ、だって、また一条くんと閉じ込めらるっていうの?」
「エッ!?」
「私はごめんだわ!」
こ、こっちこそ、誰が好きこのんで・・・!?
「オ、オレだって!」
と、言いながら、否定されて困惑した。
だから思わず、
「オレだって、ごめんだ!」
と大きな声が出た。
大尉はさらに笑った。
「わかってるって」
「ああ、同感だ」

今日の大尉は、女らしい色の服のせいか同世代の女の子のように見える。
こういう時大尉とは同じ世界にいるんじゃないかって気がする。
でもそんな気がするだけかもしれない。

「しかし・・・さっきの発言は大尉らしくないよ」
「え・・・?」
「上官が部下に辞めるなんて言わないでよ、こっちもヤル気失くすから」
「ごめんなさい、余計なこと言ったわね」

――キーン、と、どこかの金属がと唸った。

再び、シン、となった。

続けて、グウ、と音がした。

正体はオレのお腹の音だった。
聞こえたかと大尉をちらっと見たが、どうやら気づかなかったらしい。
ハラを圧迫しないように片ひざを立てて用心したのに、特大にグウ、と鳴った。

黙れ、オレの腹の虫。
そうは言ってももう夕食どきか・・・。

――ミンメイは、待ちわびて。
オレをのん気なヤツ、と思っているだろうか。
忙しい彼女のこと、今日を逃したらいつ―――。

「良かったら食べて」
突然目の前に差し出された。
「遠慮しなくていいわよ。お腹すいているんでしょう」

大尉の手の中にあったのはハート型のチョコレートだった。
多分さっき買ったものだろう。
甘い匂いが鼻をつく。

「でもこれ、」
「いいのよ」
「カイフンさんにやるんじゃ・・・」

ううん、と早瀬大尉は頭を振った。

じゃあ誰に・・・?

「この間、諦めたって言ったじゃない」
「でもせっかく買ったんだし・・・」
「女の子はこういうの、自分で買ったりするの。甘いものが好きだから」

大尉の腕はまっすぐチョコレートを差し出したまま。

チョコレートはミンメイが用意してくれてる。

「・・・悪いよ。大尉だってお腹空いてるだろうし」
「平気よ」
「食べたくて買ったなら、大尉が食べればいい」
「そう・・・判ったわ。そこまで一条くんが遠慮するなら半分ずつにしましょう」

そう言って即座に包みの中でパキッと割ってしまった。

「たいして足しにならないかもしれないけど、非常食と思って」
これ以上断るのも悪い気がした。
「じゃあ・・・いただきます」

一口かじる。
甘さが口に広がっていく。
しかし形に似合わずその味には苦みもあった。

「ホントはミンメイさんと約束してたんじゃないの?」
「ええ、まあ・・・」
「そうだったわ、ミンメイさんを守るために軍に入ったんだものね」

この味はやはり男にあげるチョコレートじゃないかという気がした。

「ずい分前のことさ・・・そういうのって軟派なヤツ、って思うだろ」
「動機がなんであれ、がんばってるならいいじゃない」
「いいよ、本当のことだから」
「それを言うなら、私も一緒よ」
「は?」
「私も好きな人の姿を追って、軍に入ったの」

今日の大尉には驚かせられてばかりだ。

「もしかして・・・その人は、もう?」
「そうよ」
「それが、あの彼・・・・」
「ええ」
大尉の声が少し沈んできたみたいだった。

ピンときた。火星での救助のとき。
髪をなびかせ、火星を見つめる後ろ姿。
あの時、こんなに綺麗なひとなんだってちょっとびっくりしたんだ。

これは、カイフンに似ている死んだヤツへのチョコレート・・・?

手のチョコレートは溶けかかってまとわりつくのを、口の中に放り込んだ。

――ミンメイとの約束はとうに過ぎている。
今日きっと、ミンメイに会えない。

「本当にこうしてるだけなんて、どうしようもないわね」
大尉の声は普段に戻っていた。
「ああ、なんにもできない」
「この間も思ったけど、作戦すら立てられないのは辛いわね」
「敵艦の時は・・・マックスも、そして柿崎もいて。どこかでマックスが助けに来るって確信してたし、そりゃ余裕はなかったけど」
好きだという割には大尉のチョコレートは包みごとひざの上に残ったまま。
「今思うと奇跡みたいな脱出劇」
「ああ」
思い出してると・・・今、隣にいる人とのことが蘇って、オレは頭を掻いた。

「言っとくけどあの作戦は非常事態、よ」
「は・・・」
思わずみぞおちあたりが突き上がる。
そして早瀬さんは覗き込むように「図星?」と言った。

凍りついたオレ、正解と言ってるに等しい。

「い、一条くんったら、そんな顔しないでよ・・・!」
「こ、こんなときに、んなことっ・・・うわああ!?」

突然、床が大きく揺れた。
横か縦か、どう振動しているのか分からない。

「キャーーッ!」
「大尉!?大丈夫!?」

とっさに互いの腕を掴んだ。

掴んだがそれは一瞬で止んだ。

またいつ動き出すのかと身構えていた。
すると、今度は小刻みに揺れだして、ゆるゆると回りが引いていくのが分かった。

「またなんとか助かったみたいよ・・・」
「うん・・・」

大尉を支えていた腕を解こうとした時、大尉の顔が近いなと思った。
そう思っただけなのに――なぜかオレは唇を寄せていた。

頭上ではひどい摩擦音がはじまった。

温度が伝わるそのとき、大きく揺れて、スローモーションのように口元が離れた。

「・・・ごめん」

そう言うと、大尉がなにかつぶやいたが、騒音で聞こえなかった。
側面の壁が二人を残し、遠く引いていく。

艦内の空気を感じて、われに返った。

            
「・・・チョコ、ごちそうさま」
「いいえ」
何事もなかったように街が復元されていた。       

早瀬大尉は、閉鎖の混乱を確かめるわ、と、小さく手を振ったあとすぐ歩いていってしまった。
その後ろ姿を少し見て、反対側へ歩き出す。

気づいたら、走っていた。


―――ごめん、ミンメイ。

さっきはあきらめかけたりして。

それから、大尉とあんなことをして。

どうしてあんなことしたのか分からない。
自分でも呆れるが、そういう具合でなんとなく、としか言えない。

だって、オレが触れたいのはいつだってキミの――。

会えない気はする。絶望の予感もよぎる。
でももし、この事態で会えたなら、本当の気持ちを伝えられそうな気がする。


公園に着くと外灯がぽつりと点いているだけで薄暗い。
人影を探そうと目を凝らす。
「ミ・・・!」
呼ぼうとしてやめた。誰かに聞かれてていたらまずい。

噴水の前・・・。電灯の下・・・。木陰・・・。

『輝!』

と、どこかから声がするんじゃないかと期待をしている。

移動電話が溝に挟まれて潰れていた。
公園には誰ひとりもいなくて、ぐにゃりと曲がるもうひとつの外灯がたたずんでいた。

               ※

帰りがけにミンメイの部屋へ電話をすると留守番電話が出た。
寮へ着き、守衛に声をかける。
「オレに、伝言なかった?」
「は?ああ、一条中尉、ですね・・・」
守衛の男は何枚ものメモをめくった。
「ええと・・・あ、ありましたね、ニャンニャンさんから・・・仕事で行けなくなった、とのことです」
「そう・・・、」「ああ、電話以外には?」
「いいえ。他にはなにもありません」

――部屋へ入り、ジャケットを脱いてベッドへ放り投げる。
続き自分の身を横たえた。

壁に笑っているミンメイのポスター。

目を閉じれば、あの日の唇を差し出すミンメイの姿が蘇った。
彼女とのあれこれの再現フィルムの中、ふと、あのピンクの服の早瀬大尉が通り過ぎていった。

すべての映像をかき消そうと、オレは目の上で腕を組んだ。





<おわり>
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by peppermint_y | 2009-05-02 17:00 | comic